Yukihiro INADA

日々の中に余白の時間を

こんにちは。Yukihiro INADAです。

ブログの更新がすっかりご無沙汰になってしまっていました。

2023年も早や1ヶ月経過。

みなさん、日々いかがお過ごしでしょうか。

 

前回ブログを更新したのが、どうも夏だったようです。

それから秋をすっ飛ばし、今は真冬。

これまで僕が何をしてたかと言えば、中々に慌ただしい日々を送っていました。

 

◆記念すべき初個展!「SWELLS」@小豆島・Fine port gallery

9月末〜12月末 無事完走しました!

現地で見て下さった皆様、気にかけて下さった皆様、メッセージ・コメントいただいた皆様、そして開催にお力添えいただいた皆様、本当にありがとうございました。

感謝してもしきれないくらい、とても素晴らしい時間を過ごすことができました。

 

 

 

 

◆その裏で、東京→大阪への引越し@9月

Instagramでお知らせしましたが、個展準備の裏番組的にアーティストではない方の仕事で異動があり、突然関東を離れ大阪に引っ越すことになりました。(そんな!!)

僕にとってすごく突然の辞令で、正直イヤでした。なぜイヤだったかと言えば、大阪に移った先の職場では激務になることが容易に想像できたからです・・(アァ〜〜・・)。

イヤだー!と叫んでみたものの虚しく、状況が覆ることはありませんでした。

畜生め!という感じなので、時期が来たら辞めようと思ってます。みなさん、辞めれるように声援ください。

 

こんな風な秋冬を過ごして今僕は、予想通り毎日が会社での仕事に忙殺されています。

異動してからどんどんどんどん忙しくなり、自分の望まない形で働かされていると感じています。絵に向かい合う時間は減り、家族と過ごす時間は減り、頭の中が仕事で溢れ、責任とストレスが増えてしまいました。

そしてちょうど昨日、心がとってもしんどくなり、仕事帰りの車の中でやるせない気持ちが押し寄せてきました。

「休みたい・・」と思いました。その時初めて、自分が頭と心を全っ然休められていないことに気が付きました。

 

前置きが長くなりましたが、今日の本題です。

忙しく余裕の無い日々の中で、積極的に余白を持つことの大切さ、です。

気づけば僕は、余白を作るのを忘れてしまっていました。それどころか、余白があれば自分で何かを詰め込んでしまっていました。

余白。それは自分自身を取り戻すための時間。

僕は日々の中でそういうルーティンを持っていません。欲しいな、と思いました。

アーバンパーマカルチャーを提唱されている共生革命家・ソーヤー海さんは著書の中で、瞑想することや時間をかけて朝食を取ることを日課にされていると、確か書いていました。瞑想はその気になればどこでもいつでもできるから良いもんだよ、と。(僕はこの方の取り組みや人物がとても好きで応援しています。)

 

僕にとっての余白って何だろう?例えばこうです。

・ギターで弾き語る

・ゆったりした気持ちでゆったりした音楽を聴く

・ベッドに寝転がって本を読む

・美味しいコーヒーを淹れる

・外の空気を吸う

・屋上に上る(屋上っていいですよね。)

・飛行機の離着陸を眺める(今の家は空港にほど近いんです。ラッキー。)

 

結構出てきますね。

でも一番大事なのは、「これは大事な余白だ」って思って、その時間を無理矢理でも取ることなんだと思います。

それを自分に許してあげることです。

資本主義は効率化を求めますから、毒されるとこういうことは無駄だって、無意識に思ってしまうんですよね。本当に怖いことです。そして、そういう余白を許さない空気の世界があって。どうしてそうなるんだろうって、悲しくなります。

 

それでもやっぱり笑って暮らしていきたいですから、僕は余白を忘れずに自分に与えてあげたいと思います。

みなさんは、どんな余白が好きですか?

 

 

 

2023.2.2   Yukihiro INADA

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